那須の空高く十字架を掲げて


根米 美奈子
(シロアムキリスト教会員)

私は着物、宝石、毛皮などの高級品を扱う呉服店の社長として、仕事に明け暮れていました。電気関係の会社を経営していた主人とはけんかが絶えず、私は15年間も別の男性と暮らしていました。それでも自分のやっていることは正しい、家族のためだと信じ、ガムシャラに突進していたのです。気がついた時には、お金はあっても家族がバラバラ。3人の子供は7,800万円費やして新築した我が家に寄りつこうとはしませんでした。   
 娘は中学時代に友達に誘われて教会に通い出し、ハワイの日本人教会で働くようになりました。それで私も、ハワイに立ち寄るたびに、娘から「この次に来たら洗礼を受けるのよ」と言われていました。私自身、自分を向上させたいと思い、以前から聖書を読んでいました。聖書の冒頭には「初めに神が天と地を創造した」(創世記1:1)とあり、人間は猿から進化したのではなく、神様によって神に似せて造られたというふうに書かれています。これらの記述は、最新の科学調査によっても裏付けられているのです。それで、聖書は誤りのない神の言葉だと信じていました。私たちがその神様を認めようとせず、背を向けている罪を赦すために、イエス様が十字架にかかられたことも知っていました。しかし、私の行動は自己中心で周囲に迷惑をかけ、神様を悲しませていることには気づきませんでした。

 

93年9月、ハワイの日本人教会を訪ねた折り、牧師先生から罪の告白として洗礼を受けるように勧められました。当時私は4,000万円ほどだまし取られた直後だったので、心は怒りや悲しみが渦巻いていました。しかし牧師先生に「忘れなさい」と諭され「だました相手を赦しますから、私のこれまでの罪をも赦して下さい」と祈ることができたのです。
「わたしは、あなたがたを捨てて孤児にはしません」(ヨハネの福音書14:18)

  受洗直後、この聖書の言葉によって、イエス様が私をしっかり受けとめて信じることができ、恐れが全くなくなり、思い切って潔く人生をイエス様に委ねました。以来、常に神様に心を向け、礼拝を守り、自分を反省しながら神様と共に進む歩みが始まったのです。ちょうど世の中はバブル崩壊のあとで、私自身8億7千万円もの借金をし、ビルやアパートを建てたものの、入居者が現れない等の問題を抱えてしまいました。しかし、以前の私だったら、借金の返済を考えと半狂乱になっていたかも知れないのに、心は不思議なほど平安でした。「イエス様にお任せしていれば必ず良い方向に導いて下さる」という信仰が、いつの間にか心一杯に宿り、自己中心の思いが影をひそめてしまったのです。

 

「あなたがたの間で偉くなりたいと思うものは、みなに仕える者になりなさい。あながたの間で人の先に立ちたいと思う者は、あなたがたのしもべになりなさい」 (マタイの福音書20:26,27)

 

今までの私は、社員の働きぶりが気に入らず、「私一人だってやっていける」等と口汚くののしったものでした。でもこの聖書の言葉に従って、社員の事を常に思いやり、日々皆の幸せを祈る者へと変えられたのです。「神様、どうぞ社員一人ひとりを支えて下さい。愚かな私たちを用いて、神様の素晴らしさを表して下さい」と。
  毎朝、全社員で礼拝を持ち、「一致」を年間目標に掲げ、聖書の言葉によって心を整えられてから仕事を始めます。94年、神様は那須にペンションを建てるように導いて下さいました。私は入院中でしたが、癒されたと信じ、手術を受けた翌日設計図を描き、同年11月に完成。無料でクリスチャンの方々に使っていただいています。このように、神様のためにしたいとの動機で信仰をもって始めた計画は、必要な資金も満たされ、必ず成就します。
  屋根と玄関の上には十字架を掲げました。我利我利盲者だった私が変えられたのも、ひとえにイエス様が十字架にかかって罪を赦して下さったおかげだからです。神様のご慈愛にひれ伏して感謝申し上げます。