母の愛に勝る神の愛を受けて


横尾 香
(高崎ファミリーチャペル教会員)

中学、高校時代から、受験勉強に、スポーツにと、目標を目指して追われるようにして励んできました。でも目標を達成した後は、このままがんばったところで何が残るんだろうと、虚しくてたまらなくなるのでした。両親に愛され、友人も沢山にて、幸せなはずなのでしたが。友達もみんな、そんな虚しさを抱えているのを知って、それが当たり前なんだから考えても仕方ないということで片づけてしまいました。
母とは姉妹のように仲良しで、よく一緒に行動していました。その母が、私が大学2年の時、ガンになり入院しました。母はもともと人を励ますのが得意だったので、同室の患者さんを励まし、相談にのったりしていました。宗教書や道徳の本もいろいろ読んでおり、「どの本も行きつくところは同じで、要は何事も気の持ちようが大切。自分次第で明るくやっていけるんだから、私はもう死は怖くなくなったよ」と笑顔で言うのでした。(でも母の死後、当時の日記を読むと「家族がそばにいた時でも、一人ぼっちだった」と、話していたのとは逆の気持ちが記してありました)
重体になり、個室に入ってからの母は、薬では抑えられない激痛と死の恐怖の中で、別人のように顔を歪めて「怖い」「痛い」という言葉しか出ませんでした。私が少しでも母のベッドを離れるのさえ「怖い」と訴えるのでした。

その頃、母の高校時代の友人で、クリスチャンの方が訪ねてきて、母にイエス様の話をして下さいました。母は、聖書には良いことが書いてあるのは知っていましたが、イエス様を救い主として受け入れるかどうかは問題ではないと思っていたようです。でもその時友人から、イエス様を受け入れるように何度もすすめられた母は、「はい、(イエス様を)受け入れます」と言いました。
それから深い眠りに入り、目が覚めた時は、そばにいた私に「神様を見た」と言い、それ以来痛みも死の恐怖も全くなくなり、本当にうれしそうな笑顔を見せるようになったのです。周りの人は皆驚き、私も不思議でなりませんでした。
母はそんな穏やかさを保ったまま、天国に行きました。
しかし私は、母がいないと言うことが怖くてならず、生きているのも嫌で、夜も眠れず朝になっても起きあがれないほど無気力状態が続きました。母にイエス様を紹介して下さった方が、心配なさって信仰書やテープを送って下さったので、その中の三浦綾子さんの文を読んでいるうちに、教会に行ってみようという気持ちになりました。

教会に行って入り口のイエス様の絵を見たとたん、涙が止まらなくなり、イエス様と母は確かにつながっていて、イエス様は今も生きておられるということが、瞬間的に心でわかりました。そして神様のほうから一方的に平安−安心した気持ちを与えて下さり、恐れを取り除いて下さったのです。

今までは何事も自分で獲得するという生き方をしてきました。しかし、一方的に力を与えて下さる神様の愛を知って、恐れや不安がなくなり、イエス様を当然のように受け入れることができました。
母から沢山の愛を受けてきたので、母がいないのは淋しいけれど、神様の愛は母の愛より勝るので、どんな問題がふりかかっても、聖書を読み、神様に祈ってお聞きすれば、神様は生きておられので、私に語りかけて下さいます。問題がすぐに解決しなくても、もう私は一人ではないのだから大丈夫、という自信が自然に湧いてくるし、以前のような虚しさは全くなくなりました。
「私たちの国籍は天にあります」(ピリピ人への手紙3章20節)
イエス様は、私が自分で自分を許せない面も、すべてありのまま受け入れて、「あなたはあなたでいいんだよ」とおっしゃって、私の全部を引き受けて、私と共に歩んで下さるお方です。